職歴紹介

【職歴紹介】会計事務所のお仕事③ 補助金申請代行編 ものづくり補助金

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お待たせしました、職歴紹介シリーズ第三弾です!
今から約10年前に社会保険労務士を取得して意気揚々と会計事務所に就職しました。

が、入社して待っていたのは「社労士はいらない」との存在価値の否定に等しい言葉
入社半年後からは社労士業務の一端に係わることはできたものの、しばらくは他の多くの職員と同じく
税務会計の業務に就かなければならなかったこと、までをこれまでの記事で語りました。

会計事務所でのEの主力業務は、ひとつが社労士の独占業務のひとつである厚生労働省の助成金の申請代行であることは過去の記事で述べました。

もうひとつの主力業務が今回語る、中小企業庁が主管する補助金申請代行の業務でした。
中小企業庁、というだけでも普段馴染みがないでしょう。その上、補助金って何?ですよね。
これについて解説します。

中小企業庁の補助金って?

まずEが会計事務所時代に顧客である経営者から依頼を受けて申請代行をしていた、経済産業省の外局である中小企業庁の主要な補助金を紹介します。
これです。

①ものづくり補助金
②創業補助金

これらの補助金はEが活動していた当時から現在も存在しています。
特に①の「ものづくり補助金」は報酬額も大きく、Eが最も注力していた業務でした。

「ものづくり補助金」とは

会計事務所在籍当時、安倍政権が発足して「アベノミクス」と呼ばれる経済政策が始まり、その一環として、従来からあった「ものづくり補助金」の補助金額が最大1千万円と大幅に引き上げられました。

この補助金は新たな製品、商品、サービスを開発することでそのためにかかる費用、主に設備投資に最大1千万円の補助金が支給されます。

するとこの補助金の支給額に惹かれ、一気に世の中小企業の経営者たちばかりでなく銀行、会計事務所、経営コンサル業界からの注目を浴び、補助金申請代行(補助)の業界が盛り上がりを見せました。

この補助金がアベノミクスの景気高揚策として上手くできているところが、補助金の支給されるのが設備投資をした後であるところです。

Eも会計事務所の中にあって一人細々と(当初は他にもひとりこれに関わる職員がいました)集客、実行していたのでした。
では一体補助金って何なんでしょうか。

ざっくり言うと、

設備投資、製品(商品)開発、創業など事業にかかる資金調達の補助としてお金が支給される

というものです。

ひとつ肝心なことが、
単なる既存業務の運転資金(仕入、賃金支払い、光熱費など一般管理費等)に補助金が出ることはありません。
もう一つの特徴が、

申請された企業の中から審査で採択された事業所だけが補助金を受給できる

ということです。つまり申請した事業所の中で優劣(点数)がつけられ合格と不合格が決まるということです。
始めから予算が決められていてそこから漏れた事業所が不合格となるわけです。

過去の記事で紹介した厚生労働省の労務関係の助成金には「採択」という概念はありません。
「要件」に当てはまりさえすれば、全ての事業所が助成金を受け取れます。

このアベノミクス版「ものづくり補助金」も第一回目はほとんど世間に知られていなかったため、ほぼ申請さえすれば合格→最大1千万円、と簡単に支給されました。
逆に言うと、この補助金の存在を知ってさえいればほぼもらえたといっても過言ではありません。

ところが話題沸騰となった第2回目からは急激に競争が激化
中小企業が経営陣や会計担当者だけの自力作ったような申請書ではもはや合格が難しくなっていました。

Eが初めて「ものづくり補助金」の申請代行の依頼を受けて申請書を書いたのがこの第2回目だったのです。


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「ものづくり補助金」申請代行を始めた経緯

申請さえすれば支給された第1回の「ものづくり補助金」の公募がされた頃、Eの在籍していた会計事務所にひとりのなりたての中小企業診断士が入社しました。
その頃Eは入社して数か月が経過して、初めての確定申告時期を終えたところでした。

Eはいまだに中小企業診断士という資格は何ができるのか、彼らの業務は何なのか、よくわかっていないんですが、こういった補助金申請代行は守備範囲のひとつのようで、新人中小企業診断士はさっそく情報を得て、事務所の関与先企業からの依頼で1件の申請代行を行い合格していたのでした。

事務所の事情

知ってさえいればほぼ合格できていたこの第1回公募の情報源は、事務所の税理士大先生でした。
当時すでに齢70を超える老税理士先生、内では猛烈なパワハラで超ブラック企業のボスとして地元で名を馳せていましたが、ことビジネスに関しては過去には地元の長者番付にも乗ったほどのやり手でした。

税理士でありながら(社会保険労務士資格もあり)関連するさまざまな業務に手を出し、休眠しているものも含めて10個ほどの法人を持っていました。
70代にして仕事への意欲は衰えず、然るべき機関に報酬を払ってまで幅広く業界の情報を集めていて、その網に「ものづくり補助金」が引っかからないはずがありません。

つまり、この「ものづくり補助金」の申請をさせるために、税理士先生は新人の中小企業診断士を雇ったのでした。

申請戦争に参戦

第1回目から間を置かずにすぐに第2回目の「ものづくり補助金」の公募がありました。
この時、申請部隊にEが駆り出されました。
というのも、当時税務会計の部署に配属され数件の関与先を担当していましたが、いざ確定申告の時期が終わると結構ヒマでした。

税理士先生に目を付けられ、いや抜擢され、ものづくり補助金の申請代行の仕事を営業して自分で申請しろ、と。
世の中には、こうした補助金申請業務を専門でやっていて、しかも他の会計事務所などにノウハウをレクチャーする会社があります。
税理士先生はそういった業界でも有名な東京の企業が開催する申請書作成テクニックの講習にEや新人中小企業診断士を東京まで受けに行かせたりもしました。

新人社労士Eと新人中小企業診断士とで事務所の関与先に営業して、Eが1件中小企業診断士が2件の依頼を受け、申請戦争がスタートしました。

※入力が面倒なんで「中小企業診断士」は省略して「中企士」と記述します。なんで「社労士」みたいな略称がないんでしょうか?「診断士」では何の診断士かわからんし。

  Eの職歴の中では数少ないスーツを着る仕事でした



世の経営者は常に資金を必要としています。
中でも設備投資には高額の資金が必要となるので補助金額の大きいこの補助金は大注目でした。
Eが申請代行して購入した設備には、3Dプリンター、三次元CAD、3Dスキャナー、塗装工場の最新塗装設備など当時の最新設備ばかりでした。

初めての補助金申請書の作成

申請書を作る上で、とりあえずお手本がほしい。
なので、合格した中企士の提出した申請書を見てみました。
が、どう考えても内容が薄い、文章や資料の量も少なすぎる。
これでよく高額の補助金を勝ち取れたな、と思いましたがそれは世に知られていなかった第1回目ならでは。

中企士も第1回目の公募では、なんの情報もなく自己流で書いただけなんで参考にならず。
東京の申請書作成テクニックの講座で得た知識をもとに書くことにしました。

Eたちが受けた講習でも次回からは劇的に難しくなる、と言われていてEも中企士も心してかからねばと思っていたので、結構な時間をかけて依頼を受けた会社の社長と何度も打合せをして申請書を作りました。
さて結果は、

Eが申請した案件は合格、中企士が申請した2件は不合格

でした。
Eは学生時代から文章の作成は得意な方でした。
審査員にいい印象を与えるためにはどう書けばいいかという視点で書けばそこそこの申請書を作れました。
中企士は残念ながら、Eから見ても1回目よりはマシになっているもののイマイチな内容。

この後、中企士は補助金の公募がない時期には自分の仕事が作り出せず、事務所内で生き残れるだけの地位を確保するとができませんでした。
最後は税理士先生の連日の叱責を受け、入社半年も経たずに辞めていきました。

補助金セミナー開催

中企士が去り、棚ボタ式に「ものづくり補助金」の申請代行業務は事務所でEの専属業務となりました。
翌年も年に2回ほどの公募があり、Eは事務所から全面的なバックアップを受けました。

会場を借りて補助金セミナーを開催
Eはこのセミナー開催の一切を担当。
会場探しから集客、チラシ作り、そして

当日のセミナー講師!

をすることになりました。
もちろんEだけが一人でしゃべるわけでなく、事務所の他の専門家、先輩社労士や税務担当者、計3名がそれぞれの専門の立場で講師として壇上に立ちます。

が、入社半年でいきなりセミナーで多くの経営者たちを招いて講師。
Eはそれまで日本語教師の経験もあり人前でしゃべることは全く問題ありませんでしたが、集まった経営者たちを満足させ、補助金申請書作成代行の受注につなげるためにはかなりの勉強をしなければなりませんでした。

セミナー参加者にアフターフォローの電話をかけ、訪問し、4件ほどの受注を獲得。
確かこの時は2件が合格

この回でわかったんですが、補助金の申請の合否には企業がもともと銀行借入をして高額の設備投資をして、その後の営業活動で返済できる財務能力があるかどうかが影響していると感じました。
カツカツで経営している零細企業が分不相応に高額な最新設備を導入したいからと申請してもそうそう合格できないことがわかりました。
そもそもそういう会社が無理に高額な設備投資をすれば、借入の返済で逆に首を絞めることになります。最新の設備もその真価を十分に発揮できずに終わることでしょう。

1回の公募で申請が4件、合格2件って少ないんじゃない、と思うかもしれません。
が、公募がされてから締め切りまでの期間は約1か月ほど。
その間に4件のクライアントと何度も打合せをして勝負できるだけの申請書を作り上げるって、並大抵の忙しさじゃありません

ある回の公募はちょうど確定申告時期と重なり、Eは無事に税務会計業務から外され、申請書作成に専念しました。
が、逆に確定申告書作りで夜中まで働いている他の税務会計職員より忙しい思いをしました。

ちなみにEが設定した「ものづくり補助金」の申請代行の報酬額は、

申請代行料金 5万円
合格した場合の成功報酬 20~50万円

でした。
成功報酬は大手ならEよりはるかに高額の料金設定をしているところもあるようです。
Eの料金は良心的で、補助金の受給額とクライアントの支払い能力を考慮しての弾力的料金でした。

さらに業務発展

この後、税理士先生はさらに乗り気になって地元の地銀と提携をしてきました。
この「ものづくり補助金」は銀行にとってメリットのある補助金です。

合格して補助金の支給が決定した企業はまず銀行に借入をして設備投資をします。
銀行にとっては借入をしてくれるだけでなく、将来確実に受給できる補助金が借入の担保にもなります。

そんなわけでどの銀行も顧客企業の補助金獲得を後押ししているんですが、税理士先生が提携してきた地銀は明らかに乗り遅れていました。

するとEは銀行主催のセミナーに何度も講師として呼ばれて講演することになりました。
事務所主催のセミナーとは比べ物にならないくらい多くの人が集まり、人前でしゃべるのが結構好きなEにはうってつけではありました。

このセミナー経由でいくつかの企業から申請代行の依頼を受け、いくつかの企業が合格しました。
そればかりではなく、銀行の紹介で企業が自力で作成する申請書の作成指導をする、という業務を数多く受注しました。

これは自分で作成代行するのに比べて報酬は低いもののはるかに楽です。
こうした申請指導のノウハウも東京の大手のセミナーで教えてくれます。当時は裏技もありました。
そんなわけで、Eが申請書の作成指導をした企業もいくつか合格し、いよいよEの主力業務として事務所内での地位を固めることに成功しました。

最後は自分の首を絞めた補助金業務

「ものづくり補助金」の公募は年に2回か3回。
公募期間中は超忙しいですがその他の期間は?と思うことでしょう。

そんな時は他の補助金の公募に合わせて営業、受注して申請代行をしていました。
その代表が「創業補助金」
こういった補助金情報はあちこちで得られます。

会計事務所には自然と起業の情報が集まります。
Eは情報を得るとこの補助金を告知して回りました。公募期間でなくてもこの補助金の存在を知っておいてもらって、公募されたらさらにプッシュ
こちらはかなりの数の申請代行依頼を受けましたが、成績(合格)は振るいませんでした

というのも、この補助金も起業のスタート時点でそこそこの資金を集められていることが必要だと感じました。
さらに申請の要件として、何かしら独自の商品・サービスを提供することが求められていて、ごく一般的な美容院や飲食店(起業の数自体多い業種です)が無理矢理「くつろぎに特化した美容院」だとか「地産地消の居酒屋」だとかのキャッチフレーズをつけても訴求力が弱く、Eの申請で合格したのは1件だけでした。

膨大な作業量

Eの在籍最後の「ものづくり補助金」の公募の頃、Eの業務量は完全に飽和状態でした。
これまで記事で紹介したように社会保険労務士として助成金申請などの業務もあり、手広くやっている事務所の他の業務(外国人技能実習生の監理団体業務など)も抱えていました。
申請の依頼を受けても、公募締切までに綱渡りでギリギリ申請書を仕上げる→クオリティが落ちて不合格、といった悪循環。

事務所の事務員の手が空いているときに手伝ってもらったりしたものの、それぞれの案件を継続的にサポートしてもらわないと意味がない部分もあり、結局ほとんどの作業を一人でやりました。
最後は完全にパンク状態でボロボロに疲弊しきって退職、となりました。

まとめ

超過重労働で退職となりましたが、ド素人だったEがひとつひとつ実績を積み重ねて事務所の厳しい環境の中で確固とした自分の地位を築くことには成功しました。

環境によっては今でもこの頃の業界で生き残っていたかもしれません。
が、結局はこれがEの実力、限界でした。

とはいえ、この会計事務所でのサバイバル自分の利益の確保に血眼の地元の経営者たちとの攻防、によってEは鍛え上げられました。
それと同時に以後、過重労働と過度なストレスは完全に遠ざけるようになりました。

現在「負けない派遣社員」として自分の能力の半分程度を使い、派遣先ですぐさま確固とした地位を築き、ノーストレスで過ごせているのは当時の激闘の経験のおかげです。

でもこれだけは言いたいです。
明らかに過重な労働、ストレスを感じたら、できるだけ早く逃げましょう!

次回をお楽しみに!

※最後に:やっぱり「中企士」って違和感ありますよね…


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