派遣の心得

【派遣社員の幸福論】幸福になれる条件、幸福へのマインドと自己肯定感

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今回は初の試み。
Eの人生観、というか幸福論についてです。

と聞くと「派遣社員ごときが幸福論などとおこがましい」とか「そもそも他人の人生観なんてうざいだけ」と思う人も多いでしょう。
ここで記事を読むのをやめて戻るボタンを押す前に、ひとつだけ事実をお伝えします
Eは現在「世界トップクラスの幸福度」を手に入れています。

「派遣社員が世界トップクラスの幸福度ってあり得ないだろう」と思うかもしれません。
その考え方をしている人、本当の幸福を得ることは不可能です。
その理由はただ一つ、

社会や他人の価値観の中で幸福を得ようとしているからです。

一般的な収入が少なくては幸福度が低い、というイメージにとらわれています。
そして、幸福は人それぞれ違うということを理解していません。

今回は派遣社員の幸福論について語ります。

非幸福の条件とは

アラフィフの派遣社員。もちろん収入は同世代の平均より低いです。
家族はセブに住んでいてコロナによりお互い渡航困難で1年半以上会えていません。現在地方の家で寂しく一人暮らし
と、聞くと「世界トップクラスの幸福度」なんてとても信じられない、という人が多いことでしょう。

逆に「幸福はお金で買えない」という人もいます。
Eはこれに賛成しますが、100%ではありません。
というのは、絶対的な貧困だったり明らかな最下層にいては幸福を得ることは難しいです。

幸福になれない条件

こんな状況下ではとても幸福は得られないというケースがあります。
幸福を追求する大前提としてまずここから逃れなければならない、という深刻な状況です。

①常に生命の危険にさらされている
(例:戦争地帯、犯罪多発地帯、感染症多発地帯)
②絶対的貧困
(例:食糧危機、不公平な経済システムによる改善困難な貧困)
③被差別民
(例:インドの不可触民)
④民族、宗教的な差別
(例:ネパールのロビンギャ、ウイグル族)
⑤精神的、肉体的に過酷な労働環境
(例:強制労働、ブラック企業勤務)

こんな状況にひとつでも当てはまれば幸福なんて夢のまた夢ですよね。精神的、肉体的に継続的な苦痛や社会システム上の差別があれば当然ですが幸福の追求どころではありません。
現代はかなり減ってきたとはいえ、世界にはこのような絶対的に幸福を阻害する最悪の条件に複数該当する人々も多く存在します。

幸運にも、日本に住んでいればこれらのケースに当てはまることはほとんどありません。
が、⑤の「精神的、肉体的に過酷な労働環境」は現代の日本でも当てはまる人は存在します。
というか、Eもしっかり⑤の根本的に幸福になれない条件に当てはまっていた時期がありました。

Eの経験を語ります。


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平成初期の労働環境、名ばかり管理者

まず、新卒で就職したレストランチェーンの会社です。
本社が東京、店舗も主に首都圏にある会社で、Eは入社して研修期間を終えると月平均40時間、忘年会の12月には100時間を超える残業をしていました。
4年目に店長になると月の残業が100時間を切ることはほとんどなくなり、しかも残業代を1円ももらえないという状況になります。
当時の毎日へとへとに疲れ果てて休みが週に一回あるかどうかという労働環境は、9年目で退職してアジア放浪に旅立った理由の一つでもありました。

と聞くと、なんてひどいブラック企業だ、と現代の人は思うでしょう。
が、当時その企業が特別にブラックだったかというとそうではありませんでした。
というのも当時は「残業代ゼロで長時間労働」を可能にする法律の解釈がまかり通っていたからです。

「名ばかり管理職」という労働基準法のある条文の解釈を悪用した制度です。

労働時間・休憩・休日の規定が適用除外される者として、労働基準法41条2号では「監督もしくは管理の地位にある者(管理監督者)」と定められています。
企業が「店長という役職名さえ与えておけばこの条文が当てはまる 」と都合のよすぎる解釈をすることで20代半ば、新卒4年目の社員まで管理監督者として 「残業代ゼロで長時間労働」 で働かせるといったことが日本中で横行していました。

もちろんそんな一方的に企業側に有利な制度などあるわけがなく、2008年の日本マクドナルド事件の判決で「名ばかり管理者」の違法性が全国に知れ渡りました。
企業が従業員を残業代ゼロの「管理監督者」として扱える要件は格段に厳しくなり、当時のように実際には管理監督者とは言えない従業員まで残業代ゼロで働かせる企業はほとんど見られなくなっています。
どれくらい厳しいかというと、管理監督者とは経営者と一体的な立場の従業員のことを言うらしいです。

実際Eが当時働いていたレストランチェーンを6年前(2015年)に訪れ当時一緒に働いていた人に話を聞くと、その会社は店長も残業代がもらえるようになったのはもちろん、週休2日も確保される勤務体制に改善されていました。
日本の労働環境が改善されていることは確かなようです。

ただ、その会社で働いていたEが幸福でなかったかというとそうでもありません。
まだ20代と若かったし、自分と近い世代の学生バイトの人たちと和気あいあいと働くこと自体が楽しかったし、わずかな休みや仕事終わりにも遊びまわる体力があったおかげで割と幸福な(やや能天気な)20代を過ごせていました。

モンスター級ブラック会計事務所

その後の紆余曲折を経て40代のEがぶち当たったのが、モンスター級のブラック企業(事務所)
2011年に社会保険労務士の資格を取った翌年に就職した会計事務所でした。

70を超えたボス、老税理士先生が経営する事務所は、月に100時間超の残業は当たり前、確定申告の時期は夜12時超えが当たり前、ボスの怒鳴り声は日常茶飯事
さらに強烈に心理的圧迫を受けたのが、自分で営業して仕事を取ってこないと怒鳴られる、仕事を取れば仕事がこなしきれなくなる、でも新規の仕事を取ってこなければならない、さらに仕事がこなせなくて常にギリギリ、期限に間に合わないとものによっては損害賠償もありうる、という極限状況

寝ていると期限に間に合わなくて大変なことになる夢を何度も見たり、日曜の夕方になると動悸が始まる、という精神的な異変もきたしていました。

Eと同じポストに入ってくる人はほとんどが仕事が取れないせいで過酷なプレッシャーを受けて短期間で辞めていきました。
が、彼らはマシな方でした。
Eは仕事が取れるようになってしまったせいで、かえって過酷な状況に追い込まれ、抜け出せなくなる羽目に陥ってしまいました。

そんな劣悪な環境の事務所でもそこそこの地位を築き上げて何十年も働き続けているベテランもいましたが、幸福に暮らしているようには到底見えませんでした。

派遣社員の労働環境と幸福度の関係

そしてさらに紆余曲折を経てEは4年前から派遣社員として定着し、今に至っています。
もしあのまま会計事務所で働き続けていたら(無理だけど)、今のように家族を持つことは不可能だったでしょう。

もともと昔から南国に強い憧れがあって行動してきたEにとって外国人の妻を持ち、近い将来に南国への移住が見えてきている現在の状況は到底望めなかったでしょう。
ま、これには日本でしか通用しない国家資格を目指したこと自体が人生でも最大級の選択ミスだったわけなんですが。

派遣社員になったことでその他にも様々な、幸福を阻害する要因を排除できました。

・仕事に期限やノルマなし
残業は拒否できる
有給休暇がいつでも取れる
転職のハードルが低い
(合わなければ次に移ればいい)
・社員は意外と派遣社員を丁寧に扱ってくれる
職場のクレームは派遣会社に言えばいい

さてEは、一般的に人々が職業に対して求める高い社会的地位や収入とは遠いところにある派遣社員になることで、絶対的に幸福を阻害する条件から逃れることができました。

外的要因はクリアしました。が、ここまではあくまでも最低条件です。
外的要因が解決された今、真の幸福を得るためには内面の、マインドがすべてといっても過言ではありません。

幸福を実現するマインドとは

現在、派遣社員、家族と離れて一人暮らし、と普通に考えれば逆境にあるEがなぜ「世界トップクラスの幸福度」と感じられるのか。
Eが分析した「幸福の条件」がこれです。

自己肯定感が高い
欲望のレベルを上げない
③欲望は常にエスカレートすることを知る
④社会や他人の価値観に流されない

はい、これってもうみんなわかっていることですよね。
でも、内面に関することってわかっていても簡単にはコントロールできませんよね。

自己肯定感と幸福度

自己肯定感って幸福感と強い関連がありますよね。
世界トップクラスの幸福度を持つEは当然、自己肯定感も世界トップクラスです。

「社会的地位もない派遣社員が自己肯定感トップクラスとは何事だ」と思うかもしれませんが、自己肯定感とはそういうものではありません。

諸説ありますが「自己肯定感」は「自己満足」と言い換えてもいいでしょう。
「自己満足」というとマイナスのイメージを持つ人も多いでしょうが、ここ最近になって「自己肯定感」という言葉が定着するまでEは「自分は自己満足度が高い」と思っていました。

自己肯定感は他人の評価と全く関係ありません。自分が自分に満足するかどうかだけです。だからEのように何の根拠がなくても自己肯定感が高い人はいます。
逆に世の中で圧倒的に認められている人でも自己肯定感が低く、常に他人の評価を気にしている人もいます。

自己肯定感を上げるということについては、生い立ちや性格など自覚しにくい要素によって決まるようですから、簡単なことではないようです。
Eのこれまでの、そこまで多くはないけど一般の人よりはやや多かった外国人との交流による考察によると、自己肯定感の高さには国民性が影響している気がしています。

Eがそこそこサンプルを得られている国だけですが概ねこんな感じです。当たり前ですが、個人差があります。

自己肯定感が高い国民自己肯定感が低い国民
フィリピン人 、インド人、
中国人、香港人、欧米人
日本人、台湾人

礼儀やマナーが厳しく、高い公共心や謙虚さが求められる日本人の自己肯定感が低いのは(あくまでもEの個人的見解)なんとなくわかります。
なぜEが台湾で出会った人に自己肯定感が低い人が多かったのかは、偶然にすぎないかもですし、正直よくわかりませんが、国民の自己肯定感が国民性と関係があるという説は次の内閣府のHPにある統計のように少なからずあるようです。

引用:内閣府 『平成26年版 子ども・若者白書』
特集 今を生きる若者の意識~国際比較からみえてくるもの



では、派遣社員であることは自己肯定感にどういう影響をもたらすのか?
これも個人差があるでしょうが、Eにとって派遣社員という働き方は自己肯定感を上げてくれています

過去の記事でも語りましたが、Eは会計事務所在籍時代に未経験の税務会計業務をしていました。
事務所には長年勤務している税務会計のベテラン、猛者ぞろい
社労士として就職したのに不本意ながらやらされていた(と感じていたのも事務所の雰囲気が影響していたと思っていますが)Eが彼らに追いつくには何年もかかる。

常に彼らに教えを乞う立場。
事務所の体質で、新人が十分なスキルを身に着けていないのを承知の上でミスすれば(当然ミスします)厳しい叱責を浴びせる。

こんな環境では自己肯定感なんて得られません。
周りの環境が自己肯定感を破壊するというケースの典型です。
「職場、職業のせいで自己肯定感が低い、つらい」という人には仕事の難易度を下げた転職を勧めます。
これは全ての人におススメできることではありませんが、この方が圧倒的に幸福に暮らせます。
もちろん「やや負荷のかかる仕事に就くことで自分を向上させる」ということができればそれに越したことはありません。

ちなみにEは子供の頃から現在まで、自己肯定感が低かったことがほとんどありません。
人生のドン底も何度か経験していますが「ある技」を使うことで自己否定したり不幸だと感じたりすることを回避してきたような気がしています。

「ある技」とは何を隠そう、他人や環境のせいにすることです。
罪悪感を感じずにこれができることが自己肯定感を上げるコツです。しかも実際に他人や環境のせいであることも意外と多いです。

「まともな職場なら俺はバリバリ仕事をできているはずだ」、これでOKです!

セブ、ラプ‐ラプ市のウエットマーケット  撮影:E

欲望と幸福の関係

「 ②欲望のレベルを上げない 」と「 ③欲望は常にエスカレートすることを知る 」についてです。
これも世間でよく聞く話です。特に仏教の世界では「煩悩(=欲望)を断てば悟りを開ける」などとよく言われますよね。

頭ではわかっています。
生活水準が平均値で、衣食住に困らない、娯楽もあるし、家族と楽しく暮らせている。
このような同じ境遇でも、ある人は満足して幸福を感じられている。
ある人は本来ならお金持ちになって毎日豪遊し世間から羨望の目で見られているはずの自分とのギャップが頭に浮かび幸福を感じられない。

といったように、今あるものと自分の満足レベルとの差が幸福度に関係する、ということは簡単に理解できます。
それだけではありません。

なにかのきっかけで成功をつかみ、豪邸に住み高級車を乗り回すなど一気に生活水準が上がった時に、以前の平均値の生活には戻れなくなる人も多くいます。
やがて豪邸や高級車が当たり前になり満足できなくなり、世界中に別荘を持ちプライベートジェットで移動できるようになりたい、と欲望はエスカレートします。
元の平均値の生活に戻ろうものならまるでドン底に陥ったかのように感じてしまします。

欲望はエスカレートする。
これも頭ではわかっていることですが、渦中にいる人間はそれに気づくことができません。

幸い(?)Eは生活水準が爆上がりしたことがないので、築40年の一軒家、地方での暮らしに充分満足しています。
なんならセブの過疎地帯に建てた、車で30分圏内にコンビニなしジョリビーなし、生活水は井戸水、という家に住める日を心待ちにしているくらいです。

それにEはあるきっかけで生活レベルを極端に落としたことがあります。
きっかけというのは約1年に渡ったアジア放浪旅行だったんですが、それについては過去記事に詳しく述べています。

「欲望をコントロールできれば幸福感を得られるとわかっていてもできない」という場合、強烈な体験が何かを変えるきっかけになることがあります。

その他にEの場合、中学生の頃に読んだ漫画、手塚治虫の『ブッダ』がその後の人生に影響を及ぼしている気がしています。
よく知られているように、日本の仏教の宗派は仏教の開祖ブッダの実際の教えとはかけ離れているものがほとんどです。そして手塚治虫氏の作品『ブッダ』も多くのフィクションを交えて手塚氏独自の解釈でブッダの生涯を語っています。

物語には多くの煩悩に取りつかれた人間が描かれています。
まさに世界中の別荘とプライベートジェットのような富を手に入れながら破滅する人間のエピソードなどもあり、それを読んだ少年Eの心に煩悩が持つ恐ろしさが刻み込まれていました。

その後のアジア放浪の旅先で見た様々な光景と融合して今のミニマルな生活で充分幸福感を得られるマインドを手に入れたといってもいいでしょう。

※詳細は画像をクリックしてください

幸福は人それぞれ違う

これも多くの人が頭ではわかっていることだと思います。
それでも流されます、他人の価値観や他者からの評価に。

ほとんどの人間社会では、たくさん持っている人、たくさん稼いだ人、権力がある人、有名な人が称賛され注目を集めます。そして多くの人が自分も同じように彼らが持っているものを求めてしまいます。

決して悪い事とは思いませんが、それってホントに自分がほしいものでしょうか?

Eが現在乗っている車は10年以上前に、当時燃費がかなり良いとされた軽自動車ですが、高級車に乗りたいと思ったことはありません。むしろ欲しくないし乗りたくありません。

軽自動車ならどんな狭い道にも入っていけるし狭いスペースにも駐車できる。三歳の娘がこの先生きていく地球の環境もできるだけ壊したくない、となればEにとって高級車の利点はゼロ、いやマイナスです。
長年乗っている割に走行距離はそれほどでないから買い替える予定もありません。
買い替えるなら故障するか、より地球環境にいい電気自動車が手ごろな価格になった時でしょう。

10年以上乗って走行距離88888kmです。



それでも人間は、多くの人がいいというものを無意識にいいと思ってしまいます。
他人が持っていると欲しくなるし、他人が注目する会社で働きたいし、他人に稼いでいると思われたいし、多くの人に慕われていると思われたい。
もちろんそれが実現すれば大きな喜びを得られるでしょう。
なぜなら、

承認欲求が満たされるからです。

しかし、承認欲求はホントに自分が欲しいものとは違っている場合がよくあります。
注目される会社で働いて稼ぐためには苦しい労働や重い責任に耐えなければならなかったり、多くの人に慕われるためには自分のよくない部分を見せないように常に緊張を強いられたりします。

そして承認欲求を満足させることは、自己肯定感を上げることにつながるのでしょうか?
一般的にも言われてることですがEはこう考えます。
諸説あるし、あくまでも傾向です。もちろん個人差はあります。

自己肯定感が低い人は承認欲求が大きい
自己肯定感が高い人は承認欲求が少ない

承認欲求は、決して、全く、悪いものではありません。
自己肯定感世界トップクラスのEも承認欲求を持っています。
時々アップロードする YouTubeの動画にいいねがつくと嬉しくなります(超少ないです、是非いいねお願いします)。

が、YouTubeやSNSのいいねを増やしたり承認欲求を満足させることは簡単なことではありません。
正体のわからない他人の価値観に合わせなければならないからです。

もちろん社会との調和を無視しては幸福にはなれませんが、全てを平均的一般大衆の価値観にに合わせて、承認欲求のみを追求していくと、いつの間にか自分の本来の幸福とはかけ離れたところにたどり着く、という結果になりかねません。

幸福になるために越えなければならないハードル、それは社会や他人の価値観に流されずに自分独自の幸福を追求することです。

まとめ

と幸福論などという大きなテーマについて語りましたが、Eの人生は数々の苦痛から逃れる戦いだったといってもいいでしょう。
今回語ったように、この戦いは相手がいる場合もあるし、いない場合もあります。
自分自身のマインドが幸福を得る戦いの最大の武器であることをEは自分自身で証明してきました。

派遣社員でも世界トップクラスの幸福を得ることは十分可能です。
幸福は周りを見渡せばすぐそこに転がっています。
気付いていないだけかもしれません。
行動しましょう!

過酷な環境で働くみなさん、そこに幸福はありますか?


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