元日本語教師のEです!
2003年に台湾に移住して、約3年間を日本語教師として台中市の語学学校「地球村美日語」で日本語を教えていました。
着任当時、全くの素人で日本語をどう教えたらいいかほとんど知らないまま教師になり、苦労して自分なりの教え方を身に着けていきました。
日本語を教える中「こんなの外国人が覚えるの無理じゃね?」と思うことが度々ありました。
そう、日本語って他の外国語に比べて圧倒的に覚えにくい言語だと思います。
それはつまり、日本語を教える日本語教師にとっても圧倒的に教えにくい、ということでもありました。
台湾人は漢字が理解できるからまだマシだと思います。実際教えていて生徒が漢字が理解できるおかげで教えやすかったという場面は数えきれないほどありました。
が、漢字の知識のない外国人にとってはどれほどのいばらの道か。
今回はそんな、日本語学習の難しさについて語ります。
台湾最大の語学学校 地球村美日語
台湾を訪れた人ならきっと目にしたことがあるんじゃないでしょうか。
台湾各地に点在する語学学校「地球村美日韓語」(以前は「地球村美日語」でした)。
現在、全国で68の分校があるようです(2021年7月現在)。
台中市だけを見ても、Eが着任した当時は台中県の豊原校を含めて(台中市と台中県が2010年に合併)5校しかなかったのが、現在では10校。
今なお成長中の語学学校です。
Eの日本語教師キャリア
さて、台湾で日本語教師をしていたEですがどんないきさつで日本語教師になったのでしょうか。
結論を言うと、何の訓練も受けていないし、何の資格もなく、とりあえず外国に移住するためだけになりゆきで日本語教師になりました。
詳細は過去の記事で述べています。
過去の記事です。
そんなわけで、Eは「日本語教育能力検定」だとか「日本語教師養成講座420時間コース修了」など日本の語学学校で働く日本語教師なら必須の資格は一切ありません。
もちろん「日本語を教えるのに資格がないと教えてはいけない」などということがあるわけがないんで、無資格でド素人の当時のEでも需要さえあれば教えちゃっています。
そして、台湾ではその需要があるんです。
実際、Eが旅で知り合い、台中市の地球村で働いている人にEを紹介してもらった時、移住前からとにかく早く来てくれと矢の催促がありました。
Eもいろいろなことを切り上げて最速で準備して移住、仕事を始めて少し慣れるとあっという間に週の授業スケジュールがぎっしりと埋め尽くされました。
深刻なネイティブ日本人教師不足。
台中駅に降り立つと目の前に地球村があります。
Eはここでも教えていました。
ただこの状況は、少なくとも当時台北とそれ以外の地方とでは違っていたようです。
さすがに台北には地方より圧倒的に日本人が多く住んでいるようで、逆に教師の空きがそんなにない、と聞いたことがあります。
そんなわけで、日本語教師の仕事をすると同時に、日本語の教え方自体を勉強しなければならなかったEですが、教師生活の中で「これは外国人が覚えるのは無理だろう」と思える日本語の難しさに直面しました。
今回をそんな日本語の難しさを3つ紹介します。
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①活用形が多すぎる
多くの言語で、主に動詞や形容詞には活用があります。
ちなみに中国語には活用がゼロなので漢字の知識がある日本人には非常に学習しやすい言語です。
英語の動詞の活用ってほとんどの日本人が勉強したことがありますが、これ比較的簡単な方です。
【英語の動詞の活用】
原形 - 過去形-過去分詞形、そして三人称単数に付ける「s」
と、これくらいです。
過去形と過去分詞形はほとんどが「ed」をつけるだけ。
三人称単数は「s」をつけるだけ。
例えば、「work-worked-worked」、そして「works」。
一部不規則活用があるだけ。しかもそこまで多くはない。
例えば、「drink-drank-drunk」。
これ、不規則活用といいながら同じようなバターンがあります。「begin-began-begun」「sing-sang-sung」のように。
つまり英語の活用は、たいして難しくないと言えます。
Eは大学の第二外国語でフランス語を勉強しましたが、英語に比べると活用の種類が多いです。
一方、日本語の動詞は。
これはほんのごくごく一部です。
辞書形-た形-ない形-て形-ば形-可能形-受身形-使役形
(例)
働く-働いた-働かない-働いて-働けば-働ける-働かれる-働かせる
もう一度言いますが、これはほんの、ごくごく、一部だけです。
「not」をつけるだけの英語と違い、それぞれの活用に否定形があります。
例えば、て形の「働いて」は「働かなくて」、ば形の「働けば」は「働かなければ」、可能形の「働ける」は「働けない」。
そして、可能形の場合、過去ならた形との組み合わせで、「働けた」「働けなかった」。
受身形は「働かれた」「働かれなかった」
と、ここまでで既にかなりの数が出てきましたよね。
ですが、これは日本語教育の場面で「第一グループ」(五段活用)と呼ばれる動詞の活用に過ぎません。
「第二グループ」(上一段、下一段活用)や「第三グループ」(「する」と「来る」)は活用のパターンが変わります。
第二グループの「食べる」なら「食べた」「食べない」「食べなかった」「食べられた」「食べられる」他多数。
第三グループ「する」なら「した」「しない」「しなかった」「できる」「された」他多数。
それだけじゃありません。
ここまで出てきたのは言葉の「丁寧さ」でいうと「普通形」です。
この他に「ます形」の活用もあります。
働きます-働きました-働きません-働けます-働けませんでした-働かれました- 働かせました
などと一気に数が増えます。
さらに難関が、活用×活用の「使役受身形」。「働く」の場合は「働かされる」、「食べる」なら「食べさせられる」。
「命令形」の「働け!」など数えきれません。
活用の難易度
さて、こんなのを外国人が全て覚えられるでしょうか?
「無理」かと思いきや、そうでもありません。
Eが三年間に見てきた無数の日本語学習者の中で二人ほど、日本語の活用ほぼ完璧、日本語能力試験1級ほぼ満点、発音は微妙に外国人、という素晴らしい生徒がいました。
二人ともネイティブ日本人ではありませんが、十代の早いうちからかなり深く日本語学習に打ち込んできた生徒でした。
もちろん、ほとんどの学習者は「た形」「ない形」「て形」といった基本的な活用も正しく使いこなすことは困難です。
現に、こんな日本語より圧倒的に簡単なはずの英語の活用でさえ、Eには全く正しく使い分けることができていません。
ということは、教える側の日本語教師にとっても苦労のタネです。
会話の中で間違いをいちいち指摘していれば生徒の成長を妨げます。
だからといって指摘しなければ生徒が改善する機会を得られません。
どちらがいいかは生徒の習熟度や性格によっても千差万別です。
英語と中国語を学んだ学習者としてのEの視点からも、どちらがいいと断言できません。
ともあれ、外国人の日本語学習者が話す日本語が間違っていても、こういう背景があるわけなんでぜひ理解をお願いします。
台中近郊、大甲の寺廟 撮影:E
②助詞のルールが意味不明すぎる
日本語は特に助詞が多い言語ですよね。
そして、一応は助詞を使う時のルールを教えますが、教える側もどうも釈然としません。
実は、日本語教師時代のEは助詞についての知識があまりありませんでした。
というのも、着任当時中国語を全く話せなかったEは基礎的な文法を教えるクラスは担当しませんでした。
そういったクラスは台湾人の先生か中国語が堪能な日本人教師が教えることになっているようでしたが、そういう日本人教師は当時の台中には1人しかいませんでした。
しかも、そのクラスを着任する前に見学したことがありますが、その日本人の先生は地球村でもかなりベテランでしたが、完全に日本語だけを使って授業をしていました。
やはり文法の細かいニュアンスを正確に伝えるのは難しいようです。
正直、自分の授業で助詞の使い方について生徒に聞かれても「たくさん聞いて、話して、慣れるしかない」と逃げていました。
が、「たくさん聞いて、話して、慣れるしかない」というのも事実です。
私は 8時に 学校に 行きます。
私は 昨日 学校へ 行きました。
先生が いつも 学校に います。
上の三つの文章だけをとっても、説明が難しい箇所がいくつもあります。
助詞「に」は「8時に」のように時間を表します。
さらに、「学校に」のように移動の方向を表すこともあります。
似ているけど違うのが「学校にいます」のように持続する行為の場所も表します。
持続行為ではない動詞には「学校で勉強します」のように「で」で場所を表します。
これだけでももう学習者にはわけわからなくなりますよね。
まだまだあります、同じ時間でも「8時に」には「に」をつけるけど、「昨日に」とするとおかしいです。「夕方に」ならOKですが’「夕方」だけでもOKです。
なぜ?と生徒に聞かれてもさっぱりわかりません。
移動の方向なら「学校へ」のように「へ」でも「に」と全く同じ用法です。
そして、主語を表す助詞には「は」と「が」があり、時には「も」を使ったりします。
どうでしょうか、ひとつの文章に複数存在する助詞を、ネイティブでない学習者が正しく使い分けるなんて、ほぼ不可能ですよね。理屈を完全に理解したからといって使いこなせるというものではありません。
そして、特筆すべきは
助詞は一切使わなくても意味が通じます。
私 8時 学校 行きます。
私 昨日 学校 行きました。
先生 いつも 学校 います。
ほら、完全に意味が通じるし、なんなら日本人も時々このように話すことがあります。
実際、助詞のない中国語では(以下、台湾で使われる繁体字)、
我 8點 去 學校
私は8時に学校に行きます
我 昨天 去 學校
私は昨日学校に行きました
老師 總是 在 學校
先生はいつも学校にいます
のように、完全に助詞なしで通じ合っています。
Eが昔知り合ったあるタイ人ハーフの人は、タイでの生活が中心だったようで日本語はかなり中途半端ながら話せる人だったんですが「私、助詞使わないことにしている」と宣言していました。
Eも今は、妻などにもこれを勧めています。
助詞は気にしない、なんなら使わない。
助詞が気になるあまり話せなくなるくらいならこの方がはるかにいいです。
英語の前置詞との比較
助詞がいかに難しいかは英語と比べてもわかります。
英語にも日本語の助詞に類似のものがあります。
前置詞です。
I get angry with him
I get angry at him
私は彼に怒っています
と、「angry」で怒っている対象を表す時には「with~」でも「at~」でもいいようです。
Eは「with~」を耳にしたことが多いので自然に「with」を使っていました。
ところが、「~に失望する」を表す「be disappointed~」の前置詞は、
I am disappointed at that news
(そのニュースに失望)
I am disappointed by his attitude
(彼の態度に失望)
I am disappointed in myself
(自分自身に失望)
I am disappointed with the resut
(結果に失望)
と、かなり前置詞の使用範囲が広いようです。
こうなるとEはもう無理です。会話の中で瞬時に使い分けることなんてできません。
なんとなく「angry」との類似で「with~」か、なぜか「of~」を使ったりしていました。
でも一番多いのは、
前置詞なんてつけずに使います。
これほど難しい英語の前置詞と比べてもはるかに難易度が高いのが、日本語の助詞です。
③敬語で話さないとだめですか?
これもよく言われているんで聞いたことがある人も多いかと思いますが、日本語は敬語を多用します。
敬語のせいで、ひとつの動作を表す動詞がいくつものバリエーションを持ったりします。
【見る】
普通語:「見る」
丁寧語:「見ます」
尊敬語:「ご覧になります」「ご覧ください」「見られますか?」「お見せになります」
謙譲語:「ご覧に入れます」「拝見します」「拝見させていただきます」「お見せします」
厚切りジェイソンならとっくに激怒してますよね。
ピロシキーズ(知ってますか?)なら「バカじゃねーの」と切り捨てます。
もちろん、多くの日本人は外国人の日本語学習者に対してここまで完璧な敬語は求めていないでしょう。
でも、場面によっては全てタメ口で話されると気分を害しますよね。
日本語学習の難しさをよく知るEでも、直してあげたくなります。
アメリカ人、ジャスミンの例
約20年前にアジア放浪旅行中にネパールからインドのバラナシに向かう長距離バスで相席したアメリカ人のジャスミン。
日本でNOVAの英語教師をしていたこともあって若干の日本語が話せました。
Eへの最初の日本語のひと言が「日本語、わかる」だったように全部普通形、完全に「です」も「ます」を使わずに話していました。
これについては出会った場面が完全プライベートだったし、バックパッカーのジャスミンのキャラもあり、全く気にはしませんでした。
ひとつEが気になったのが「I don't know」を日本語で言うのにジャスミンはいつも「知らない」と言っていました。
Eが日本語教師になる前のことでしたが、さすがに「わからない」の方が丁寧だよと教えてあげました。
ジャスミンとの出会いと英語についての過去記事です。
フィリピン人、Eの妻の例
Eの妻は技能実習生だったことがあり、計2か月の日本語教育を受けています。
妻によると、ひとつひとつの文型に対してかなり駆け足で先の項目に進んでいくので覚えきれない、とのことです。
妻はいまだにカタコトしか話せませんが他の技能実習生に比べれば話せる方でした。
体系的な教育を受けたおかげか、基本的に「です」「ます」で話します。
会社というフォーマルな場で日本語を使っていたことも効果があったのかと思います。
Eは敬語に関しては、学習者に普通語でなく丁寧語の「です」「ます」を勧めます。
理由は、E自身普段の会話では年下だろうが後輩だろうが基本的に無難な「です」「ます」を使って話すからです。
親しみを表したいからタメ口で話すことが多い、という人もいるかもしれません。
が、Eは経験上「全てタメ口で話す」より「丁寧語にときどきタメ口を織り交ぜる」方が、より効果的に親しみを表せるしウケがいいことを知っています。
もちろん場面や話す人のキャラにもよるし、家族などの完全な身内と話す時は別ですが。
それに重要なのが、「です」「ます」をつけても文法上の難易度はほとんど変わりません。
まとめ
と、【活用】【助詞】【敬語】の3つを取り上げても、他の言語より圧倒的に難しいのが日本語という言語です。
みなさんが出会うカタコトの外国人。
滑稽に聞こえたり、時にはイライラしたりしがちですよね。
Eもかつてはそうでした。
が、彼らはこれほどまでに高いハードルを乗り越えた上で、カタコトの日本語を話すことを成し遂げていたのです。
Eは中国語がそこそこ話せるようになると、地球村で五十音の授業も教えていました。
五十音の授業にはホントに多くの生徒が集まりますが、数か月後にはほとんどの生徒の顔を見ることはありません。
実は、カタコトの日本語を話す外国人って立派な「成功者」だったんです。すごいことだったんです。
みなさん、今日からはそういう目で彼らを見てやってください。
これからも元日本語教師ならではの経験を語っていきます。
次回をお楽しみに!
外国語学習は結局「たくさん聞いて、話して、慣れる」で解決するケースがよくあります。