これまでの記事でもたびたび触れてきましたが、Eは会計事務所で働いていたことがあります。
事務指定講習を受けて晴れて社会保険労務士の資格を手に入れると、さっそく転職活動をして会計事務所に就職しましたが、そこでのEの主要業務は社会保険労務士ではありませんでした。
今回から、Eが会計事務所勤務時代にやっていた幅広すぎる業務について解説します。
これまでも何度か触れいているように、この会計事務所は地元でも有名な超ブラック企業だったんですが、今回その件については省きます。
会計事務所で関わった業務
2011年、社労士試験合格。
合格後に日商簿記2級を取得。
翌年、2012年に事務指定講習を修了して転職。2015年退職。
在籍していた期間は2年余り。
そんなEが会計事務所でかかわった業務がこれです。
社会保険労務士として就職したはずなのに、なぜかこれだけの幅広い業務をやる羽目に、いややらせていただくことになりました。
※なにしろ勤務期間が2年余りと短いんで、中には1、2回関わっただけという業務もあります。
【社労士業務】
・一般的な社会保険労務士業務
(労働保険・社会保険関連、労務顧問など)
・厚生労働省管轄の助成金の申請代行
【税務会計業務】
・一般的な税理士の関与先企業の帳簿作成
・確定申告業務(所得税の申告)
・法人税の申告
・相続税の申告
【経営コンサル業務】
・中小企業庁の補助金の申請支援
・資金調達支援(銀行融資交渉など)
・法人設立支援
【外国人技能実習生の監理団体業務】
・外国人技能実習生受入の手続支援
・受入後の監査、指導業務
・各種申請書類作成
【営業・顧客獲得活動】
・各種事業所、個人事業主、個人に対して新規顧客獲得、付帯業務獲得のための営業
・経営者交流会などへの参加
【セミナー開催】
・セミナーの会場や講師の手配、集客
・当日の運営
・自らも講師として講演
どうでしょうか。
たった2年余りのうちにこれだけの幅広い業務を遂行するということがどういうことか。
毎日毎日、仕事を覚えたり、初めてする業務の予習や準備でも~、たいへんだったんです!
日々、付け焼刃で勉強して、いかにもプロだというような顔ではったりをかましながら、綱渡りで仕事をこなしていかなければならなかったのです。
では、それぞれの業務について解説していきます。
今回のテーマは、社会保険労務士業務です。
社会保険労務士の業務
Eが関わった社会保険労務士としての業務がこれです。
・一般的な社会保険労務士業務
(労働保険・社会保険関連、労務顧問など)
・厚生労働省管轄の助成金の申請代行
最初に断っておきます。
Eは入社時に、それまで事務所で唯一だった社労士の先輩に「社労士業務をするスタッフはいらない」と宣言されていました。
心の中は「はあ?ふざけんな!」でした、もちろん。
Eは、将来独立開業するため、実務経験を積むために入社したわけですから。
事務所には当然、社労士的部門の部署があったんですが、その先輩社労士と補助職員が1人の計2名だけ。
繁忙時(労働保険年度更新時期)には会計部門の職員が手伝う。
という、これだけで成り立っていました。というかその程度の規模で社労士業務を行っている「会計事務所」でした。
とはいっても、事務所内で組織している労働保険事務組合(労働保険の実務を代行する)には数百の事業所が加入していて、労働保険の年度更新の時期はそこそこの繁忙期となるのでした。
そんなわけで、社労士はいらないと言われたEの最初の業務は税務会計。
税務会計の部署に配属され、事務所にいる大多数の会計職員と同じ業務をすることになりました。
担当の関与先を与えられて、このあと語る通り途中から社労士部門に異動はするんですが、引き続き1年ほど税務会計の業務を続けました。
社労士業務に一切触れることなく、確定申告の時期もなんとか乗り越えたEでしたが、ある日出社すると、先輩社労士が緊急入院で、その後1か月ほど休むことに。
他に代われる人間がなく、Eが先輩のやりかけの業務を不在の間、全て引き継ぐことになりました。
幸いにもちょうど労働保険の業務が一段落した頃で助かりました。
それでなくても、税務会計の道で生きていくしかない、と割り切りなんの心構えもなかった実務経験ゼロのEの肩に、先輩であるベテラン社労士がバリバリこなしていた業務が重くのしかかっていました。
入院中の先輩と連絡を取りながらの業務遂行です。
例えば、これから社会保険の適用事業所の届けをする予定だった会社。
必要書類を集めるのに、何が必要か、提出書類の様式はどれか、などその会社に訪問する前に勉強、確認。
役所に申請予定のなんとか助成金(最近話題の「雇用調整助成金」などの類です)の申請期限が間近で、書類作成と必要な提出資料。
会社に訪問する前に勉強、確認。
と、社労士資格があるとはいえ、全ての業務が初。聞く人もいない。
予想はしていましたが、試験勉強や事務指定講習で得た知識なんて実務においては、
多少の予備知識があっただけマシ
といった程度です。
先輩社労士復帰までの約1か月、ベテラン社労士の業務をそっくり肩代わりして、これは将来の独立のため、実務経験を積むためのチャンスだ、と猛烈に関与先から関与先へと飛び回りました。
この頃から始まり退社するまでの間、Eの月の超過勤務時間が100時間を下回ることはなくなるのでした。
会計事務所勤務当時のE
事務所での転機
先輩社労士復帰後、Eは税務会計の部署から社労士業務的部署へ異動になりました。
社労士業務「的」としたのは、Eの入社時にその部署にはたまたま社員が先輩社労士しかいなかっただけで、その時々で経営コンサルの専門家がいたり、はたまたコンサル見習いの一般社員がいたりしている部署なのでした。
おまけにEが異動してきたときには少し前に中小企業診断士が入社しているという。
そうです、めちゃめちゃ定着率が悪いポストだったんです。その中小企業診断士も半年持たずに辞めました。
Eの在籍した2年余りという期間は、同じ部署の同じポストとしては異常に長くいた部類だったわけです。
なぜ先輩社労士だけがベテランとして君臨していて、他の社員は次々に入れ替わっていたかというと、そこがまあ地元でも有名な超ブラック企業である由縁なのですが…
ともあれ、異動したEは税務会計の業務が軽減され、いよいよ社労士として活躍!
かというと、そうそう上手く問屋は卸さなかったのでした。
社会保険労務士ランキング
部署異動後の業務
この会計事務所の特徴として「自分で仕事を取って、自分で業務をこなす」という事務所内での自己完結制がありました。
もう少しわかりやすく言うと、事務所の看板だけ貸して、その中で個人事業主として活動する、という感じです。
士業の、資格者として入社したからには当然、と言われれば確かにそうかもしれません。
が、入社前にそう言われていたわけではないし、資格者とはいえ実務経験ゼロの新人に、こんなやり方をいきなり求める事務所は稀だと思います。
入社して、先輩社労士と初対面の時に言われた言葉もいきなり「仕事取れる?」でした。
その時に、先輩社労士から自己完結制というこの事務所の独特な業務体系を知ったわけでした。
ひとつ新人をビビらせてやろうか、という意図しか見えてこない彼の問いに「取れません!」と答えたいのはやまやまですが、そうもいきません。
その日からEは、引き続き税務会計の関与先を見ながら、営業して自分の仕事を作る、という新たな課題がのしかかりました。
というのも、それまでいた税務会計部門はここまで厳しい環境ではありませんでした。
慢性的人員不足で、会計担当者はみんな山ほど関与先を抱えているので、新人が入ればこれ幸いと自分のやりたくない関与先を押し付け、いえ、分け与えてくれるので、Eも入社当初はそうでしたが、とりあえず業務が生まれます。
結論を言うと、一般的な社労士業務(労働保険・社会保険関連、労務顧問など)は、既にほとんどが先輩社労士に集まる仕組みになっていて、Eが関わることはごくわずかでした。
では、Eはどうやって新たな部署で生き残っていったのでしょうか。
助成金申請の支援業務
会計事務所内の社労士、または社労士が会計事務所と業務提携をするなど、会計事務所と深い関係性を持つことには大きなメリットがあります。
次のような情報が身近に得られるからです。
①新規開業する事業所の情報
②法人設立する事業所の情報
③従業員が増えた事業所の情報
(社会保険の適用事業所になったり、就業規則の作成義務発生などにつながる)
④資金調達や設備投資を必要としている事業所の情報
これだけの情報があれば、事務所の既存の関与先数百件から業務を吸い上げることができます。
逆に言えば会計事務所とつながりのない社労士って、一体どうやって営業して仕事を取ってきているんでしょうか?
Eはこれを最大限利用しました。
ここでEが目を付けたのは、先輩社労士がそれほど積極的には営業していなかった(彼は通常の社労士業務で手いっぱいだったし)厚生労働省管轄の事業所向けの助成金申請の代行業務でした。
事業主に代わって、厚生労働省が管轄する助成金の申請書類作成・提出を代行することで、事業主が得た助成金の20%を成功報酬として受け取る、という社労士の独占業務です。
20%という成功報酬は、それまでの事務所の慣例も考慮してEが決めた額です。
厚生労働省の助成金とは
2020年にコロナショックが始まってから「雇用調整助成金」という言葉をよく聞いたのではないでしょうか?
これは厚生労働省が管轄する様々な助成金のひとつです。
雇用調整助成金とは、
事業活動の縮小(売上などの減少)があったにもかかわらず、労働者を解雇せずに雇用を維持した場合、休業手当、賃金等の一部を助成する
というものです。
簡単に言えば「不景気で売上が減っても休業手当を払ったりして雇用を維持すれば助成金が支給される」というもの。
この雇用調整助成金、日本全国の社労士事務所に申請書作成の依頼が殺到していることかと思います。
が、申請に必要な書類の項目を見ると「かなり面倒な」助成金です。
受給の要件や助成額のしくみが複雑なこと、既存の帳票や資料だけでなく、この助成金のためだけに新たな資料を作らなければならないことなどが要因です。
素人ではほぼ無理で、社労士でもかなり苦労すると思われます。
もらえそうな報酬を考えるとあまり割に合わない仕事になるでしょう。
かつてリーマンショック期にも、この助成金が殺到したらしいですが、幸いにもEはその時期にも社労士をやっていませんでした。
Eは雇用調整助成金と比べると、簡単に申請できるある需要の大きい助成金を主力として営業、受注しました。
今も少しずつ形を変えて存在する「業務改善助成金」と呼ばれている助成金です。
受注殺到、業務改善助成金って何?
当時の業務改善助成金の内容は次のようなものでした。
Eの記憶に基づいているので細部が違っていたらごめんなさい。
・厚労省の助成金ではめずらしく、設備投資に対して助成金が支給される
・賃金が時給換算で800円未満で、かつ事業所内で最も低い従業員の賃金額を就業規則を改定して50円以上引き上げる
(賃金規定の改定前後の就業規則を提出)
・実際に賃金引上げの実績が3か月必要
(賃金引上げ前後の賃金台帳やタイムカードを提出)
・業務の効率化を図るための設備投資を行う
・助成金額は設備投資額の50%、(当時は一律、賃金引上げ対象の人数に係わらず)最大で100万円
対象は中小企業限定(中小企業の定義あり)
申請先は各都道府県の労働局
【計画書提出】→【賃金引上げ】→【設備投資】→【実績報告書提出】→【助成金支給】の流れ
要するに、この助成金が描くストーリーは、
賃金を引き上げた
↓
それを補うのに事業の効率化を図るための設備投資をした
↓
その設備投資に対して助成金を支給する
というもの。
この業務改善助成金はEの会計事務所の関与先に爆発的に需要があったのでした。
その最大の理由のひとつは、設備投資に対して助成金が支給されるからです。
事業をしていると常に、ほとんどいつもといっていいほど事業主は設備投資を考えているものです。
新規の設備ばかりでなく老朽化したり、新しい機能のものが登場すれば買い替える必要が出てきます。
そんな設備投資の資金がほしいという事業主のニーズに合致した助成金であり、しかも当時は、現在の制度よりも遥かに低いハードルで高額の助成金が受給できる仕組みでした。
でも、従業員の賃金を上げなければならないんでしょ、と思いますよね。
その通り。
当時の制度では、時給換算800円未満の従業員の賃金を時給換算で50円以上を上げなければなりませんでした。
従って、すでに最低賃金が800円以上になっている都道府県はこの助成金の対象外でした。
フルタイムで月180時間働く従業員なら9,000円のアップ。
年間で10万8千円。
確かに、経営者にとっては少し痛いかもですよね。
でも、2013年頃でも時給800円未満の労働者ってほんの僅かでした。
それに、当時は安倍首相政権の初期でアベノミクスと言われる景気高揚策や労働者の賃金アップが叫ばれていた頃で、各都道府県の最低賃金の上昇率が増して、毎年のように30円くらいの額が上がっていた頃でした。
この賃金上昇の風潮と、最大100万円の助成金とを考慮すれば(20%はこちらがいただきますが)充分元は取れますよね。
実際、↑このような営業トークで多くの依頼を承りました。
Eが申請代行した助成金によって事業主が購入した設備投資は、圧倒的に多かったものが車、トラック、ミニバスなどの車両。
その他、複合機、パソコン、会計ソフト、調理設備(新機能のフライヤー)など。
「業務を効率化する」という条件も付いていますが、こと設備投資で業務が効率化できない設備など、世の中にそうそう存在しません。
Eが社労士受験時代に利用したフォーサイトの通信講座、おススメです。
助成金受給へのハードル
と、需要が高く受注も好調だった「業務改善助成金」でしたが、始めのうちは申請に苦労しました。
業務改善助成金は「雇用調整助成金より申請は簡単」と言いましたがこの助成金の申請も決して「簡単」ではありません。
ある種の事業所からの依頼は、申請時に困難を極めます。
「ある種」とは、
給料計算、賃金支払い、などの労務管理がずさんな事業所、です。
そしてそういった、労務管理がずさんな事業所の割合は非常に高いです。というかほとんどすべての中小企業が当てはまります。
既に述べたように、業務改善助成金の申請には次の提出書類があります。
・賃金引上げ前後の賃金台帳やタイムカード
・賃金規定の改定前後の就業規則
このうち多くの場合、「賃金台帳」や「タイムカード」が要因で申請が滞ります。
申請書の提出先は都道府県の労働局。
つまり、労働基準監督署の上にあたる官庁です。
申請書類を提出すると2~3日してEに労働局から電話で問い合わせがきます。
提出書類、賃金台帳やタイムカードに不審な点があるからです。
Eも始めの頃は勘違いしていたんですが、「賃金台帳」や「タイムカード」と事業主が勝手に名前を付けただけの書類を提出しても助成金は支給されません。
「勝手に」と言ったのは、その内容が労働基準法などの労働法規に違反があり、エビデンスとして機能していない書類のことです。
・時間外労働や深夜労働の割増分が支払われていない
・賃金台帳とタイムカードとを照合すると最低賃金を下回っている
・月によって賃金に不自然にバラつきが大きい労働者の労働契約書を提出しろ
(もちろん契約書などありません、かつての吉本興業のように)
・雇用保険の加入対象者なのに雇用保険料が天引されていない
・〇月は従業員が10人以上になるが、その時に就業規則はあったのか
(従業員が10人以上いると就業規則は必須)
など、数えきれないほどのダメ出しを受けます。
まるで、役所による労務調査です。
既に賃金引上げを実施している事業主に「やっぱりできませんでした」と断るわけにはいきませんから全ての案件で、なんとか助成金受給にこぎつけました。
慣れてきてからは、隅から隅まで申請書類をチェックしてから提出しましたが、それでも予期しないダメ出しを受けます。
最後の頃は、その会社の労務管理状況と労務管理者の人柄を見て、苦労しそうな会社は始めから営業しなくなりました。
今でも覚えていますが、ひとつのダメ出しも受けずに受給できた会社は1件だけ。
それは開業したばかりで、従業員も一人しか雇っていない会社でした。
始めから業務改善助成金を申請する前提で、就業規則作成、賃金計算・支払の指導をした上で申請。
パーフェクトな申請書で一発OKでした。
会計事務所側がもらう成功報酬、20%と聞いて「高い」と思った人もいたことでしょう。
が、こういった厚生労働省の助成金申請は、中小企業の経営者や労務管理担当者レベルの知識ではかなりハードルが高いし、すでに間違った労務管理を積み上げてきている会社では相当な手間を要します。
「100万円もらえたはずが社労士に20万円も持っていかれた」と思うか、「自力ではもらえなかった助成金を80万円ももらえた」と思うかはその人次第です。
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まとめ
かくして、Eは社会保険労務士の独占業務のひとつである、厚生労働省の助成金の申請代行業務を自分の専門分野としたのでした。
もちろん、キャリアアップ助成金など他の助成金も営業・受注してました。
当時、Eの地元を管轄する労働局には業務改善助成金の担当者が二人いて、その二人によると、うちの労働局で受けた業務改善助成金は8割がEによる申請だ、とのことでした。
もちろんEが主力にしていた業務は助成金だけではありません。
この後も当時のEが苦労した税務会計業務や、事務所で生き残っていくために開拓した別の業務などについて語ります。
次回をお楽しみに!
クラウドでサポートが受けられるこの会計ソフト、よさそうですね。