50代派遣社員Eの職業紹介シリーズ、新たなステージを迎えます!
新卒で就職したレストランチェーンの会社。
この時1990年代半ば、4年目を迎えて新宿の店で行き詰まっていたところに店長辞令。
しかも名古屋の店舗に転勤となるのでした。
完全バイト気分で新入社員時代を過ごしたものの新宿の大型店舗で鍛え上げられたEですが、果たして新天地で無事に店長が務まるのでしょうか?
前回の記事です。
本社で辞令!
辞令をもらいに本社に行くんですが、朝早いんですよね。
普段は11時頃に店に出勤しているので、朝9時に満員電車で本社に行くのって結構つらいんです。
だって、9時出勤の普通のサラリーマンなら7時に出社するようなものですから。
これまで辞令といえば店舗ローテーションで大卒同期そろって受け取っていたけど、今回はE一人で社長から店長辞令を手渡されました。
行先の店舗はもうわかっています。
名古屋です。
名古屋には複数の店舗があるんですがその中のひとつ、デパートのレストラン街にある店舗です。
この時点でE、名古屋は就職活動で一度訪れたことがあるもののほとんど土地勘はありません。
この日を境にいろいろ知ることになるんですが、名古屋では「4M」と呼ばれる大手のデパートがあり、Eの店舗はその4М(三越、松坂屋、丸栄、名鉄)の内のひとつのレストラン街にありました。
店舗の概要
辞令をもらった後は、全店長の上司となるスーパーバイザーから詳しい話を聞きます。
Eが店長として赴任するのはこのような店のようです。
①数ある支店の中でも床面積は最小クラス
②とはいえ多数の客待ちの列ができる超繁忙店
③営業時間はデパートに合わせて10時から19時
④フロア社員は4年目の女子社員のみで他は全員パート、アルバイト
⑤当該デパートの地下食品売場の店舗があり運営管理は店長の管轄
⑥料理長は30代後半の若手
この中で、Eにとって初めてのシチュエーションが二つあります。
ひとつはデパートの店舗ということで、一部デパート側の管理を受けるということです。
ふたつ目がレストランの店長(つまりE)が食品売場の管理も任されるという点。
これまで新宿で修業は積んだとはいえ、一番上の責任者となれば一抹の不安はあるわけです。
増してや普段からマスヤマ副店長にけちょんけちょんにダメ出しを喰らっていて、今思えば実際の実力より自己評価がかなり低い状態にあしました。
が、スーパーバイザーによると、レストランも食品売場もベテランのパートさんがそろっているのでとりあえずオペレーションは任せておいても大丈夫、とのこと。
実はE、店長辞令の内定をもらった時には不安でいっぱいだったEですが、考えてみれば小規模店の店長ならそう難しくないよな、と気づき始めていました。
Eにはすでに情景が目に浮かんでいました。
というのも新宿での修業時代に他店舗で、何らかの事情で店長が数日間休みを取るときなど、マネージャーだったEが店長の代行としてヘルプに行くということが度々ありました。

これ、店長になる前の修行としては超絶有益でした。
数々の店舗、もちろん各地のデパート店舗にも行きましたが、どの店舗も異動がある店長よりも店での勤務年数が長いベテランもいて、他店からきたマネージャーが仕切るまでもなく店は日々のルーティーン通りに流れていきます。
わざわざマネージャーEが出向くのはトラブルや苦情があった時の対処に、タキシードを着て名刺をもった役職者がいた方が恰好がつくからに過ぎません。
もちろんどこの店舗でも店長は接客作業もするから、人手を補うという役にも立つわけです。特にデパート店のランチタイムでは店長も欠かせない戦力です。
つまり、店長として異動して始めのうちは店長代行のマネージャー気分でも全然大丈夫、ということです。
ま、新宿の日本随一といってもいい繁華街の超大型店で揉まれたEにとって、日々の業務をこなすくらいなら問題ないことに気付いて、実際にその通りでした。
が、この時のEは「こなすだけ」で済ますつもりはなく、ある経緯から「誰もが目をみはるような結果」を出そうと燃えて名古屋へ旅立ったのでした。
その経緯について今から語ります。
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名古屋へ送り出されるE
辞令をもらい、スーパーバイザーの説明を聞き、人事課で名古屋への引っ越しの流れを聞いたEは、一旦新宿の店舗に出向きます。
役職者が多数いる新宿で特に引き継ぐ業務もなし。
この1年半さんざんしごかれたマスヤマ副店長に事務室に呼ばれます。
すると、いつも以上にマスヤマ副店長から気合を(というか脅しを)入れられるのでした。
要するに「お前、店長なんて大丈夫か?」ということのようです。
周囲の反応
調理場に挨拶に行っても料理長をはじめ上の人たちから「Eさん大丈夫かよ?」的な扱い。
はいそうです。
E、カチンときました。
確かに、日々マスヤマ副店長のしごきを受けていて「店長なんて無理」という気持ちがあったのも事実です。
が、宴会場があるでもなく一般席だけ、しかもディナータイムの営業もなく、ランチの繁忙時間をこなすだけの店舗なら、多少の困難はあるにしてもどうにかやっていけるだけの実力はついていました。
そんなわけで、自店舗の上司たちからの低すぎる評価にカチンときたEは一念発起。
「なんとしてもこやつらが目を見張るような成果を出してやる」と心に誓ったのでした~!
ここで結論を言ってしまうと、Eは実際に店長初年度に驚異的な売上高と人時売上高(売上に対する労働時間数)を叩き出し、見事旧職場の面々の鼻を明かしたのでした。
チャラ男三人衆を組んでいたEの先輩チャラ男二人、ヨッシーとシンちゃん、そして見た目のいいバイトメンバーたちの激励を受けEは名古屋へと旅立ったのでした。
名古屋での生活
名古屋への転勤、住居はどうなる?
こんな感じでした。
①当然社員寮が用意されている
②若手社員は熱田区にある相部屋の寮、中堅以上はアパートのワンルーム一室
③寮は地下鉄名城線一本で栄周辺に行ける
④寮費は(確か)月に16,000円
東京では大学時代から調布市にある月6万円越えのアパートに住んでいたから、同じようなワンルームで家賃は激安。経済的にかなり有利になります。
通勤時間はそれまで京王線の仙川駅から新宿まで電車で20分ほど。名古屋では地下鉄名城線で10分ほどと微妙に短くなります。
ただ、日々の食事は店の賄いで済ませていましたが、名古屋の店舗では19時閉店とディナータイムがないので晩ごはんは自分持ち。
総じて東京より快適な生活が送れそうですよね。
実際にそうだったし。

名古屋の玄関口、名古屋駅前のロータリー
アパートの荷物をトラックに積み込み、新幹線で名古屋に到着したE。
さっそく赴任する店舗に直行します。
そこには料理長はじめ店舗メンバーと、急病でしばらく静養が必要となり求職中のホソカワ前店長が待っているのでした。
まとめ
店長辞令をこの手で受け取り、ついに名古屋に乗り込んだE。
低評価を下した前職場の面々の鼻を明かそうと、密かに闘志を燃やしていたのでした。
本編でも述べましたが、赴任してからの約1年、Eの店舗は目覚ましい業績を残します。
正直かなりの幸運があったのは確かですが、それまでの四半世紀の人生で培ったものの集大成でもあったとも言えます。
思えば、あの頃のEってしっかり「社会人」だったんですよね。
その数年後にEは「社会人」であることは完全放棄するわけなんですが。
さてこの後の店長Eの活躍ぶりはいかに。
次回をお楽しみに!



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