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【職歴紹介】バブル崩壊期に新卒で外食産業就職⑤ 4年目の行き詰まり、からの飛躍へ!

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お待たせしました、50代派遣社員Eの職業紹介シリーズの続編です!
1990年代前半、バブル崩壊期に新卒で就職したレストランチェーンの会社

バイト気分が抜け、3年目に入ってから上司のしごきを受けたE
4年目に入る頃にはようやく店長になる準備もできてきます。
が、そんな自覚もなく厳しい日々を生き抜くことに精一杯。

もう辞めるしかないのか?
そんな極限状態に新たな辞令が発動したのでした。
それが、名古屋の店舗の店長辞令だったのです!

前回の記事です。

4年目、限界か?

入社4年目の春。
新宿の店舗に配属されてから2年が過ぎ去り、メンバーもだいぶ入れ替わりました。

入社前からの憧れだったコルレオーネ店長は巨大な店舗内の別フロア専属に。
大卒の後輩も、この2年で2世代が別店舗に異動
4月にはまた新たな新入社員たちが配属されてきました。

店舗の業務も、シフト管理も各種営業もひと通り習得。1年目をバイト気分で過ごし、完全に出遅れていたEでしたが、ようやく人並みの力量をつけることができていたのでした。
が、それは後にわかっること。

Eの直属の上司、マスヤマ副店長体育会系的しごきの只中にいたE。
いまだに未熟者、役立たずの扱いを受け続けています。
と、これがEだけでもなかったんですよね。

新宿チャラ男三人組の筆頭格、Eと同学年のヨッシーもマスヤマ副店長(以下、マス副)にはアレルギーがあるようでした。
が、コルレオーネ店長と共に別フロアの専属になり、マス副とほとんど仕事上の接点がなくなり安泰。

そもそも体育会系で強面のマス副と、見事にそろったチャラ男三人、ヨッシー、シンちゃん、Eと相性がいいわけがないんですよね。
Eの大卒1年後輩のシンちゃんは結構深刻で、マス副のしごきにだいぶ精神的にやられていて、カウンセリングに通い始める始末。


精神的にやられていたのはEも同じで、Eもシンちゃんも広大な店舗のそれぞれのエリアのリーダーを任されるんですが、マス副の脅迫(としか思えない声色)が怖いあまり、オロオロして指示を出すどころじゃなくなったりするんですよね。
日によってEがそうだったり、シンちゃんがそうだったり、二人ともそうだったりしていたのでした。

辞めなかった理由

そこまでの状態になると、さすがに退職を考え始めます
が、マス副のパワハラを除けば、若手チャラ男三人には最高の職場環境
過去記事でも語りましたが、こういった業界は比較的見た目のいい社員やアルバイトを採用するわけなので、必然的に見た目がいい女子社員や女子アルバイト多数と一緒に働けるわけです。

当時のEは二十代半ばで、女子に非常に興味があった年代ですからプラマイすると「辞めたくない」が勝っていたのでギリギリ退職せずにはいました。
とはいえ、出勤する時は憂鬱になるし厳しい時期だったことに違いはありません。

幸か不幸か、この新宿でのしごきによって完全バイト気分だったEの面影はなくなりました。どうやってマス副に怒られないように店を仕切るかで頭がいっぱい。
とはいえ新宿では仕事面でも鍛えられましたが、チャラ男面でも先輩チャラ男のヨッシーやシンちゃんに相当鍛えられ、若い従業員たちと面白おかしく過ごせていました。
そのあたりをひっくるめててプラマイすると割と楽しい時期ではありました。

会社行事の宴会で忙しい桜の季節が終わり、日本屈指の繁華街新宿のGWのめちゃくちゃな繁忙期も終わったある日のアイドルタイムのこと、Eは店の事務室に呼ばれたのでした。

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辞令、名古屋へ!

事務室にはマス副と本社の営業担当部長(全店長の上司)が待っていました。
そこで伝えられたのが、

名古屋へ異動、しかも店長として、

でした。
明日辞令が出るから本社に行くようにと。

青天の霹靂でした。
この知らせを聞いてEが最初に思ったのが、

でした。
とりあえずこの極限状態から抜け出せる、という喜びであふれます。

次の瞬間に思ったのが、

でした。
新宿で2年と少し、しかも入社4年目となれば店長辞令も全然あり。
日々を生きるに精一杯で、この会社には定期的な異動があるということさえ忘れ返っていたのでした。

次に思ったのがこれ、

そう、マス副に脅迫まがいの口調で詰められている時など、思わず「あ、辞めます」と口走りそうになったこともありました。
Eはまだまだこの会社で生きる楽しみを味わい尽くしていない。ここまでよく耐えた、俺!
という思いがあふれていたのでした。

が、次の瞬間に頭をよぎったのがこれ。

でした。

なにしろ毎日毎日、マス副に脅迫(ではなく教育)を受けていて店長になれる自信など持てるわけもなし。
とはいえ、次に思ったのがこれでした。

実はE、大学時代に一度名古屋を訪れたことがありました。
就職活動で名古屋の会社の会社説明会に参加するために、栄のホテルに一人で1泊しました。

栄や錦の周辺にはにぎやかな繁華街。
Eは大学時代からジャズが好きなこともあり久屋大通の裏手にあるジャズライブハウス「jazz inn LOVELY」を訪れたりと。
そのライブハウスがまた、こじんまりとしていて一人でも入りやすく、即Eのお気に入りになりました。名古屋を離れてもう20年も行ってませんが今でもあるようです。

⇒ 名古屋の jazz inn LOVELY(ジャズ イン ラブリー)の公式HPはこちら 

大学に入ってから暮らしていたものの、どこか東京に馴染めていなかったEは、初めて名古屋を訪れた時に「住みやすそう」となんとなく好感を持っていたのでした。

人間砂漠東京には疲れていたし、かといって故郷は田舎過ぎて若き日のEには刺激がなさ過ぎる。
名古屋はその中間
住んでからもつくづく感じましたが、名古屋って何かとちょうどいいんですよね。

4年前に家族で訪れた名古屋 撮影:E



ほんの数秒の間に様々なことが頭を駆け巡った結果、Eはいつになくワクワクしてきていたのでした。
でも、なぜこの不定期なタイミングで店長辞令が出るのか?

Eが店長となる名古屋の店舗は、Eのひとつ先輩の大卒社員のホソカワさんだったはず。ホソカワさんはEが入社した時点ですでに名古屋勤務だったので、お会いしたことはなし。
そのホソカワ店長が急病で、急遽Eに後任が回ってきたというわけ。これにより同期入社で一番に店長になります。

マス副は若手時代に大阪勤務の経験もあり、地方への異動の流れを教わります。
辞令は翌日出ますが、向こうでの勤務開始までには数日の余裕がもらえるようです。
とはいえ、やることは山ほどあって忙しくなりそう。

まとめ

バブル期テキトーすぎる就活で入社し、完全バイト気分で新人時代を過ごし、新宿の店舗で性根を叩き直されたEがついに店長となります!
仕事は全然自信がなかったものの名古屋の街への期待に興奮状態だったE。なぜか7年以上暮らした東京には全く未練がありませんでした。

この後、店舗で送別会を開いてもらい、荷物をまとめて長年住んだアパートを引き払い、新幹線で名古屋へと向かうE。
店長の仕事がちゃんと務まったでしょうか?
新天地での活躍はいかに。
次回をお楽しみに!

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