家族の日本移住記 派遣社員の家族

外国人の妻がパートで就職したよ① 日本での職探しの最大のネックとは?

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50代派遣社員Eの妻は外国人。
フィリピンはセブ島の出身で昨年2024年に日本移住を実現し、現在日本の地方で暮らしています。
小学生の娘がいて、長らく専業主婦をしていたんですが、この度職探しをしました。
結論を言うと、ハローワークを通じて以前技能実習生として働いていたのと同じ職種、縫製工場にパート就職が決まったのでした。

今回のシリーズでは日本語が不自由な妻が、いかに日本で就職を果たしたのかを解説します。

日本での暮らしぶりについて語った過去記事です。

日本で就活

まず妻の職歴ですが、10年ほど前に日本のEの地元で技能実習生として縫製工場で働いていました。
その頃にEと出会い、娘の妊娠を期に地元セブに戻って育児に専念。
フィリピンがコロナ禍で厳しい外出規制の時期は、自宅で小さな商店(サリサリストア)を営んでいたこともあった妻ですが、昨年の日本移住後は完全に専業主婦として家を守っていました。

が、そう友達がいるでもない日本でずっと家にいるって退屈ですよね。ストレスもたまってきます。
今年に入り、春ごろから妻は次第に「日本で働きたい」と思うようになってきたのでした。

では具体的にどんな仕事を希望していたのか?
当時はこうでした。

「東京で働きたい!」

これ、Eは単なる願望かと思っていたんですが、妻は結構本気でした。
なんでもフィリピン人の友人が東京にある工場で住み込みで働いていて、自分もそこで働いてみたい、ということだったようです。

もちろんEは反対
小学生の女の子がいて、Eが一人で面倒を見ながらフルタイムで働くのは無理。
それに、東京に移住して住居まで用意して、いざ働いてみたら何かと問題があってすぐ退職、となった時にダメージが大きい。つまりリスクの問題です。

妻はせっかく日本に来たんだから大都会の東京での生活を体験してみたいのでしょう。
確かにEも大学時代を東京で楽しく過ごした経験があるので、気持ちはよくわかります。
「(娘が)少なくとも中学生になったら東京に住んでみてもいいよ」とE。

やがて東京熱も冷めてきて、とりあえず地元で働いてみようということになります。

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就職の時期

では、いつから働き始めるか
まずもって、小学生の娘がいるからには登校時に送り出さなければならないし、下校時は家で妻が迎えるか、放課後児童クラブを利用したりしなければなりません。
そしてもちろん、夏休みなどの長期休みも両親が家にいない時間の娘のケアは必須となります。

そうなると働き始める時期は、とりあえず夏休みが終わってから、となったのでした。

就活開始

夏休みにはセブに住んでいる二人のお兄ちゃんが日本に滞在するなど、大いに満喫したE家族でした。
さて、夏休みも終わり娘の学校が再開。
そろそろ妻の就活を始めるか、となりました。

では、どうやって就活?どんな職場で働くの?
妻の考えはこれでした。

①地元で働いているフィリピン人に相談する
②特に職種にこだわりはない

と、要するに具体的な構想はなかったわけです。
地元で働いている友達は何人かいるものの、工場の深夜勤務だったり現実的な話にはなりそうもないし。

一方、Eはこんなことを考えていました。

ハローワークで求人を探し、紹介してもらう
②妻がフィリピン、日本共に経験のある縫製業なら採用の可能性が高い
③飲食業などの土日や祝祭日の出勤を求められる業種は現実的でない

Eはこの意見を妻に伝えますが、なかなか話が進展しません。
というのも、妻には一つ心に重くのしかかる懸念がありました。
それは、

「日本語が不自由なこと」

でした。

言葉の不安

ハローワークに行くにも日本語が不自由
職場でも日本語が不自由
技能実習生だった頃のように、フィリピン人の同僚が多数いて、先輩フィリピン人が仕事を教えてくれる、という職場でないと不安なわけです。

ただ、Eはかつて日本語教師をやったこともあるし、これまで派遣で働いた職場で何人もの外国人と一緒に働いたこともありますが、妻の日本語は一般的な日本人が聞くと「結構話せるな」というレベルにはあります。
何年も日本に住んでいてペラペラなフィリピン人も多くいて、そこまでは達していないものの、ある程度の漢字も読めて、自分の名前や住所などは漢字で書けます。

また妻は、縫製の仕事の経験は豊富でミシンなど問題なく扱えるので縫製業なら雇われる可能性が高いと思っていました。
そして、ハローワークを勧めたのも、妻の言葉の不安からでした。


ハローワークを通さずに求職をする場合、一般的に会社の採用担当部署に求職者が直接電話をしたりなどしなければなりません。
ここでまず言葉の問題が生じます。
が、ハローワークなら最初の電話をハローワークの職員さんがかけてくれます。
必要書類や面接日時を決めるやり取りまで職員さんがやってくれます。

ハローワーク側が、求職者が外国人日本語のレベルはこれこれこの程度、ということを承知していれば、会社にもその旨あらかじめ伝えてもらえます。
外国人の求職者が会社側と最初に接触するのは、ようやく面接などの場でということになります。

それに、ハローワークになら夫のEが同席することも可能です。
Eはこれまで何度もはこれまでハローワークで就活をしたことがあって、流れは頭に入っているので妻にもハローワークを勧めたわけですが、それでも言葉の問題で妻は躊躇します

妻の態度が決まらないまま時は過ぎ、10月に入ってようやく妻は、まずはハローワークで求人登録をする。その時はEが同席する、ということに決まったのでした。

肝心の求職先はどこ?
これについてはE、8月ころからすでにハローワークのウェブサイトで検索していくつか目星をつけてあったのでした。
ハローワークの求人サイトはこちら

まとめ

Eは昔からメンタルが強すぎたんでしょうか。
かつて外国を放浪旅行をしたり、台湾で日本語教師をするときにも、現地の言葉が話せないことなど一切意に介さずに飛び込んだE。
逆に言葉の不自由さを楽しんでいたほどでした。

けど、一般的には言葉が通じないって、観光や遊びではなく仕事となるとかなりのストレスを感じるし、躊躇してしまうものなんですね。
こういった、あまりにもメンタルが強すぎるせいでそうでもない人の生じる気持ちのズレというものには、時々反省をする場面に出くわすEでした。

この後、Eと妻はハローワークに乗り込み本格的に就活に取り掛かります。
次回をお楽しみに!


今年は一度もセブに行けませんでした~

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